2024/02/19
ヴァンドーム広場はパリ中心部、オペラ座から少し南へ歩いたところにある広場です。これはルイ14 世の絶対的な権力を象徴する場所として、1685年に建設が開始されました。ヴァンドーム広場は、ルイ14世お抱えの建築家でヴェルサイユ宮殿なども手掛けた、ジュール・アルドゥアン=マンサールによる、八角形のデザインが特徴的な広場です。18世紀から19世紀はフランスにとって政治的にも文化的にも激動の世紀でした。
当初は広場の中央にルイ14世の騎馬像が設えられましたが、フランス革命によってフランス王家が没落すると、ナポレオンによって、アウステルリッツの戦いの戦勝記念として、自身の像を据えたブロンズ柱が建てられます。しかしナポレオンの皇帝生命も長くはつづかず、オリジナルのブロンズ像は彼の失脚後融解されてしまい、現在のものは後に復元されたものです。
ヴァンドーム広場はリッツ・カールトン パリをはじめとする超高級ホテルが軒を連ねており、世界中の王侯貴族や資産家が宿泊しました。19世紀のパリ大改造により、街が整備されると富裕層を顧客とするオートクチュールメゾンやジュエラーがヴァンドーム広場にブティックを構えるようになりました。
そんな数あるジュエラーの中でも、ヴァンドーム広場に最初にお店を開いたのが、ブシュロンでした。ブシュロンは、1858年にフレデリック・ブシュロンによって設立されたハイジュエリーブランドです。1893年に彼はパレロワイヤルから、ヴァンドーム広場26番地のカスティリオーネ伯爵夫人の邸宅に引っ越しました。カスティリオーネ伯爵夫人はナポレオン3世の愛人の1人でした。26番地はヴァンドーム広場で最も日当たりの良い場所と言われており、朝から晩まで太陽の輝きが宝石を眩く輝かせます。1900年の万国博覧会で、「フイヤージュ(Feuillage)」ネックレスが金賞を獲得するなど、ブランドの評判は当時から名高いものでした。その為王侯貴族の顧客も多く、インド・パティアーラーのマハラジャは、7571個のダイヤモンドと1432個のエメラルドを用いた、149点のジュエリーをオーダーしました。これは今でもブシュロンの最も大きなオーダーと言われています。また、ジュエリーに加えて、ブシュロンは時計製造においても革新的なメゾンでした。たとえば「Reflet(リフレ)」は、着用者が自分で交換できるブレスレットを備えた最初の腕時計でした。この時計はフランス随一のシャンソン歌手であるエディット・ピアフが愛用したことでも知られています。
ショーメの歴史は1780年に創業した、マリー=エティエンヌ・ニトのジュエラーに始まります。彼の師はアンジュ・ジョセフ・オベールというマリー・アントワネットお抱えのジュエラーでした。その後、ナポレオンが皇帝となると、ニトのクリエーションはナポレオンや皇后ジョゼフィーヌの寵愛を勝ち取り皇室御用達となり、当時ヨーロッパ一のジュエラーという名声を自分のものにします。マリー=エティエンヌ・ニトの息子フランソワ=ルニョーが家業を引き継ぎ、メゾンは1812年、ヴァンドーム広場15番地に居を構えます。
尚、現在のショーメ本店はヴァンドーム広場12番地に移動しており、12番地は作曲家ショパンが住み、その生涯を終えた地としても知られます。1815年にニトに代わりアトリエ長となったジャン=バティスト・フォッサンは、宝石とエナメルを大胆に組み合わせて植物や動物など、自然界からインスピレーションを得たクリエーションを展開します。1885年にメゾンを引き継いだジョセフ・ショーメは、先見性のある人物で気鋭のデザインを生み出し、20世紀初頭のベルエポックを代表するアーティストと評されます。ショーメのクリエーションにおいて特に有名なのがティアラで、世界各国の王侯貴族のために2000を超えるティアラを製作してきた歴史があります。
ヴァンクリーフ&アーペルは宝石商の娘であるエステル・アーペルと、ダイヤモンド商でジュエラーの息子であるアフレッド・ヴァン クリーフ夫妻によるハイジュエリーメゾンです。日本では“ヴァンクリ”の愛称でも親しまれていますね。1906年の創業で、創業当初より変わらず、ヴァンドーム広場22番地にメゾンを構えています。腰から下げる「シャトレーヌウォッチ」や、時間を気にするのは失礼とされていた時代に、さりげなく時間を確認することができる「カデナウォッチ」など、機能と独創性を兼ね備えたジュエリーウォッチを数多く手掛けます。
また、ジュエリーにおいても下地が見えない宝石のセッティング方法である「ミステリーセッティング」や、ネックレスにもブレスレットにもなるスネークチェーンのジュエリー「パス パルトゥー」など、革新的な技術を洗練したデザインに落とし込んでいきます。
ヴァンクリーフ&アーペルを特に象徴するのが、四つ葉のクローバーをモチーフにした「アルハンブラ」コレクションです。アルハンブラは1968年に誕生しました。ヴァンクリーフ&アーペルは創業当初より自然界からインスピレーションを得たデザインを生み出してきており、クローバーは1920年代にデザインとして登場していたそうです。シンプルで着用しやすいデザインのアルハンブラは、家の中から社会へ出ていく女性が増えた時代背景にもフィットし、大きな支持を集めました。
メレリオ・ディ・メレは世界最古のハイジュエリーメゾンです。1515年に北イタリアで創設され、1815年にヴァンドーム広場に続くラ・ペ通り9番地にブティックを構えます。かつてはフランス絶対王政を確立したルイ13世の妃マリー・ド・メディシスから寵愛を受け、マリー・アントワネットもメゾンの顧客に名を連ねていました。その名高い宝飾品製造技術はジュエリーにとどまらず、名だたる世界大会のトロフィーの製作でも知られています。
またメゾンの高い技術を証明しているのが「メレリオカット」と呼ばれるダイヤモンドの特許技術です。ダイヤモンドジュエリーにおいて最もポピュラーなブリリアントカットと同じ57面体で、光学上もっとも効率的に光を反射しますが、メレリオを象徴する卵型のフォルムが特徴的です。14世代にわたり、オーダーメイドジュエリーにおいて卓越したノウハウを培ってきた、この家族経営のジュエリーメゾンは、今なおその伝統を継承・発展させ続けています。
モーブッサンは1827年に創業したハイジュエリーブランドです。モーブッサンのルーツであるジャン=バプティスト・ヌーリーによる「メゾン・ヌーリー」は1878年のパリ万国博覧会における受賞をきっかけに、注目を集めます。1898年にヌーリーの甥にあたるジョルジュ・モーブッサンがメゾンを引き継ぎます。
その後ジョルジュの息子のピエール・モーブッサンも参画すると、ニューヨークやロンドン、ブエノスアイレスに出店し、1924年のニューヨークにおけるフランス展でのグランプリ受賞や、パリでの装飾芸術展での金賞受賞など、ブランドの名声は世界的なものになっていきました。モーブッサンを特徴づけるスタイルが、アールヌーヴォーやアールデコ、キュビスムなどの芸術的潮流を先駆けてデザインで表現した、色の組み合わせと異素材コントラストの妙です。モーブッサンは 1946年、ヴァンドーム広場に拠点を移しますが現在もなお、そのユニークな色彩感覚やデザインセンスなどメゾンに息づくエスプリをモダンに表現し続けています。
これらのフランスの粋を体現するハイジュエリーブランドはグランサンクと呼ばれ人気の高い高級ジュエリーです。そんなグランサンクがブティックを構えるヴァンドーム広場は、フランスが築き上げてきた美の洗練の歴史を一覧できるような、歴史と現在が共存している場所です。パリに立ち寄った際にはぜひ訪ねてみてくださいね。
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